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2013年02月11日

遠い釣りの記憶

最も遠く記憶に残っている釣りは、鮒釣りだった。
近所の喜治さんがたいそう釣りが上手くて、在所の草谷川や芦池へよく連れて行ってくれた。
幼稚園の頃、見よう見まねで・・・裏山から竹を伐り、お袋のミシンの抽斗にあった白い木綿糸を結び、納屋にあった銅線を曲げた釣鈎。ハテ、浮子は何やったかな?牛舎の横でミミズを掘って銅の釣鈎に刺して川に流すが・・・そんなもんで釣れまっかいな。
見かねた親父が4本継ぎの竹竿とナイロンテグスなどの釣道具一式を買うてくれた。

草谷川の鉄橋下のカーブが一番のポイントで、いつも誰かが竿を垂れていた。浮子がヒュっと沈む瞬間のドッキリ感、合わせて掛かった時のゴツゴツ感、鮒とのやり取りの緊張感、タモ入れした時の獲ったどー感に魅せられてソフトの練習がないときはいつも釣りに行っていた。その時感じた心地は今もまったく変わらず、それを感じたくて今も釣りに行っているような気がする。

家の前の溝は今のようにコンクリでなかったので、まんやくで小鮒や泥鰌にメダカを獲っていた。泥鰌は素麺と炊いて『ドジョメン』、メダカは大豆と炊いて『ジャコ豆』にして喰うていた。
梅雨時分は夕方にもんどりを仕掛けて翌朝揚げに行くが、いつも起きるのが遅くてあんまり入っていなかった。大水が出るとウチの大工さんは仕事をほったらかして親方(うちの親父)と一緒にジャコ取りに精を出していた。『今日はぎょうさん獲れたドー』と満面の笑顔で帰ってきた。(仕事もせんと・・・お袋の呟き)
そんな時の獲物の中では鯰の蒲焼が一番美味かった。
稲美町との境にある野々池に行くとモロコが釣れた。パン工場でパンの耳をもらって餌にし、自分達の昼飯にもして、近所の友達と3人で一日かかって200匹以上釣ったことがあった。炊いてもらって喰うたが、苦かった~。ほいでも、煮凍りはご飯に乗せると美味かった。

年齢と共に行動範囲も広くなり、大川(加古川)の太子岩へ行くようになると、延竿では物足りなくなり、竹竿の釣りからボチボチ進化した。竹竿にリールシートとガイドを括り付けて、タイコリールを取り付けて、ドバミミズを刺して川へドップンと放り込む。鮒と鯉にウナギ、ギギに亀まで釣れた。ある時、置き竿にしていた鈴がリンリンと鳴るが、他所で遊んでいて間に合わずに竿ごと持っていかれてしもたのは一生の不覚。
『ごっつい鯉やろか?』
『いや、あれは亀やで』
『ナヌッ!???』

ワイワイ言いながら日が暮れるまで遊んでいると、お袋が『コラー!いつまで遊んどるねん、心配するやんか!』と迎えに来た。一緒に歩いて帰るときに見た夕日はやけに赤くて思いがけないほど大きかった。



ほな


▼今日のphotoはよかったよ!▼

だから


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Posted by 水鏡サ at 22:48Comments(0)テンカラ