2008年02月20日

宗佐の厄神さん


未だ
目覚めていない厄神さん
子供の頃に見た
木下大サーカスのテント村のようだなぁ・・・


左:【桧皮葺本殿と銅板葺き拝殿】
右:【拝殿と新築された祈祷殿】


昔は
厄神さんと言えば
岩おこし、豆板、こんぺいとう、しょうが漬け、天津甘栗にたこ焼きとたい焼き
もうちょっと遡って
玉子カステラにリンゴ飴
が、おみやげの定番だったのですが
最近はナンデモありなんだね
でも、ガチガチに固い『岩おこし』にはあんましエエ想いでは・・・ないなぁ

それよりも
「なぁ~んや、しょーもなぁー」
と、言う事が分かりきっている
『へび女』のテントを恐る恐る覗いたり

絶対に
はた目で見るほど
肉の入っていない
ソースで真っ黒な焼そばが
美味かった~!
(ビールは飲まなかったけどね・・・)


小学生はチャンと一列に並んで登校中です
八幡小学校では
今日は午前中の短縮授業なのですね

今日は学校へ行っても
勉強する気になれへんねん
そやさかいに
『厄神さんの日は学校を休みにしたらエエねん』
と、皆で言うてましたな

『もも日和』さんのブログにもありましたが・・・
宗佐厄神の由緒は

(宗佐厄神八幡神社HPより)
八幡厄神さんは天平勝宝元丑年(西暦749年)2月、第46代孝謙天皇の勅願所として創立された。後神護景雲3年(西暦769年)和気清麻呂公が皇位を奪おうとする僧道鏡の野望をくじくため、宇佐八幡宮へ行く途中、当御社境内にて、道鏡の追手が追いつき、清麻呂公を襲おうとしたとき、当山より一頭の巨猪が飛び出し、追手をことごとく蹴散らし、難を逃れることのできた清麻呂公は無事大任を果たしたと伝えられている。  

 清麻呂公の難を救った猪を出した当八幡宮に対し何時の頃からか誰からとなく厄除の大神として崇敬されるようになった。以来、当御社の鎮座する所加古川市八幡町の名と共に、近郷稀な厄除八幡宮として、毎年2月18日・19日の厄除大祭には全国各地から参詣者が後を絶つことなく今日に至っています。


宗佐厄神八幡神社HP
http://www.yakuzin.com/


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Posted by 水鏡サ at 21:03Comments(2)四季彩々